皮 革 造 形
  表現素材としての皮革

  日展会員
現代工芸美術家協会評議員
建築美術工芸家協会会員
皮革造形美術家グループ[ド・オーロ]同人
 

  先ず、皮革が人間生活とどの様に関わってきたかと云う点から話を進めてみます。古代のアルタミラの洞窟壁画を思い浮べて見ますと、原始時代の人々は、野山に獲物を追い、獲た食糧の副産物として毛皮や皮で、身の危険や寒さを防いでいた事でしょう。氷河期のネアンデルタール人は、「毛皮」を身に付けていたとの事ですし、タクラマカン砂漠から発掘された古代人は「革のブーツ」を履き、カナダのアイスマンは「革の帽子」を。ツタンカーメン王は「革のサンタル」を覆いてました。糸を紡ぎ布を織る事を知らなかった頃から今日、二〇〇〇年迄、革の用途はあまり変化はなく、身の廻わりの生活の場でいろいろに利用されてきております。

 「皮」は英語で「Skin」ですが、これは生の皮の事を意味します。生の皮は腐敗しやすく堅くなり、そのままでは用をなしません。そこで「鞣(なめ)す」と云う工程を加えて、革「Leather」となります。 揉剤としては、昔は泥や動物の脳漿、又は唾液を用いた様ですが、その後、植物性タンニンと化学物質(塩基性硫酸クローム)とが使われる様になりました。この「鞣す」事で「皮」は通常の需要に耐える「革」となります。その特性は、耐熱性、耐寒性に勝れ柔軟性、通気性、可塑性に富み、吸湿と放湿の両面を備えてます。しかし耐水性、着色性に劣ります。更に動物の種類により面積や材質の均質性が異り、当然コストが高くつきます。

 以上の様な特性を持つ「革」を、工芸材料としての立場から見た場合、その活用分野は古今東西それ程大きな差はありません。日本で代表的な物は、正倉院御物の漆皮箱(しつぴばこ)、仏具、中世の武具甲冑、馬具、江戸時代は火消装束、服飾品等に応用され、そこには多様な用途の歴史が見られます。

 ところで私にとりまして、皮革は非常に気難しいけれど変幻自在な材料です。折る、編む、組む、引っぱる、染める、固める、彫る、縫う、切る等の技術を加える事で実に様々な姿を見せてくれる有機質な素材です。しかし、どんなにしても侮れないのは、革は生きた動物の表皮である事です。確かな生命を持っていた革を素材にして、「何を表現したいか」と問われれぱ、それはその物の内在しているエネルギーの形です。

 例えば、樹々の表皮や地表の文様、風の作る水面の表情は、私の五感を誘発します。その五感の内の「触覚」を呼び起し、体感的な感覚で見える物の奥に潜む「原始的な工ネルギー」を取り出したいのです。物の実体は「触れる」という事で生きている実感を与えてくれます。私は「触覚」に拘り、「触れる」事で捉えた生命の肌ざわりを大切に思い、制作に活かしてます。それは、かつて生命を持っていた素材の再生に繋がると思うからです。

 その再生が土に帰る輪廻のプロセスの中で、光に満ちた一時である様にと願いながら、「皮革という素材」を活かし切りたいと思ってます。