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アクロポリスの丘の上の記念建造物
 
 
挿絵 14) アテ−ナ女神の古い神殿正面の復元図
(シュックハルト W. Schuchhardt のスケッチ)


 
 


○ 神殿 2 つの見分けを付けるのは難かしいし、1 つの神殿の 2 つの建築段階の見分けを付けるのも難かしいので、この問題は解決されないで 残ったまま続いて来ている。ギリシャの学者たちも外国人の学者たちも これらの神殿の土台石のことで頭をひねり、特にその上に建っていた建造物の建築材のことで頭をひねっていて、 19 世紀に入るとこの問題が これらの学者たちの関心を強く捉らえることとなった。

○ 併しながら 今日あるのが見られる 43.44 x 21.43 m.の面積の基礎石は、多孔性石灰石と大理石とを使って B.C. 525 年に作られた神殿用のものであるに相違ない。この神殿は ペリステユレ(繞柱式列柱廊)がケラの周りを取り巻いている ドリア式のペリプテロス(繞柱式)の第三の神殿であり、立っている円柱の数の比は 6 x 12 で、<プロナオス>と<オピストドモス>と<ケラ>との付いた神殿であった。このプロナオスとオピストドモスには 2 本の壁端柱の間にある神殿の外側に当たる部分の<プロスタシス prostasis>(訳注 450)が付いていて、これは夫々 4 本づつと 2 本づつの円柱が 両壁端柱の間に立っているものであった。壁面が横に走って ケラを東西の 2 つの部屋に仕切っていた。殆ど真四角も同然の東側の室には、円柱が夫々 3 本づつ縦に並んで立っているコロネ−ドが 2 つあって、アイル(側廊)3 つに仕切っていた。( page 101,図 08) A - 1 参照)天から贈られたクソアノン像である<オウラノペテス ouranopetes(訳注 451)・クソアノン像>が この部屋に安置されていた。

○ 西側の区画も 3 つの室に仕切られていた。西正面の入り口を通って 長方形のこのオピストドモスの区画に入って行けるが、このオピストドモスには もう 2 つ 別の入り口が 東側に付いていて、夫々別々の 2 つの室に通じている( page 101,図 08) A - 2, 2 a, 3 参照)。このように ケラの西側の区画を三分割するという構成の作り方が 後年になって エレクテウム神殿に与えられ、ポセイドン−エレクテウス神 Poseidon - Erechtheus、ヘパイストス神及びブ−テスという同じ 3 つの数の神々や英雄の礼拝を再現した この並べ方と符合することになっている。

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