○ この神殿に供えられた奉献物もアテ−ナ女神の<オウラノペテス・クソアノン像>も この神殿と共に B.C.480 年にペルシャ軍の手で放たれた火災で焼失してしまった。アクロポリスの丘の北壁 つまりテミストクレスの作った擁壁の中に この神殿の多くの砕片が閉じ込められた。ペルシャ戦争の終わった直後の B.C.479 年になって アテネの人々は 破壊から守られたことが明らかであった この神殿のケラの各部を再建し、焼失した<クソアノン像>を新しいものと取り替えて 元のものと同じ場所に安置した。ケラとか 神殿(ネオス neos)とか 太古の神殿(ア−カイオス・ネオス)とか 太古の像を安置した市中の神殿とか アテ−ナ女神の神殿とか 神殿や社とかと 太古の文献が言及しているのは、この神殿のことに相違ない。
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