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アクロポリス美術館
 
 

◎  No.0035 ポロス石の多孔性石灰石(石灰華)で出来た破風のグル−プ像

○ B.C.6 世紀の初期 580 - 570 年に作られた ア−ケイック期の破風の彫刻群であって、アクロポリスの丘の上で  1888 年に出土した。左側は トリトンと格闘しているヘラクレスの像の破風で 長さが 3.53 m.である。右側の破風には 身体が 3 つある怪物の像があって その長さは 3.40 m.であり、先頭にいる有髯の人物像の高さは 70.5 cm.である。破風の中央にあった人物像は 亡くなってしまった。

○ 破風の左側は 赤破風(第 2 室 収蔵品 No.0002)と同じテ−マのグル−プ像であって、海の怪物のトリトンに組み付いて 格闘しているヘラクレスの像が見られ、トリトンの尾が 破風の左コ−ナ−一ぱいに伸びている。この彫像のスタイルは この像が正に B.C. 570 年頃に作られたものであることを示している。

○ 人間の頭と胴体を持ち 大きい翼が両肘の上で支えられて付いた像が 3 つあって、腰から下では絡み合って一体となり 螺旋状に捩(ね)じれた蛇のような尾になった怪物が、破風の右側コ−ナ−を一ぱいに占めている。この怪物が何者であったかについては 意見が分かれていて、テユポンであるとも ネレウス Nereus(訳注 556)であるとも ゲリュオン Geryon(訳注 557)であるとも言われている。この男性像はどれも自分の手に <自然の構成要素>を示すシンボルを一つづつ持っていて、一番離れて右にいる人物は小鳥(空気)、中央は水の流れ、左は火の束を持ち、その持ち物が象徴する 3 つの要素のどれにでも 直ぐに変身する能力を持っていたとされている。

○ この作者が 特色のある典雅な細工を用いて その特性として描いているのは、左側のヘラクレスのグル−プ像では 人間の持つ生気とその強さとであり、右側の 3 つの胴体の付いた怪物の像では 素晴らしい微笑であり 素朴な形態であり 表情に富んだ上品さであり 更には人間の特性を持ったその魂である。この怪物の 3 つの逞しい身体は 限りない精力を示しており、有髯の顔に見られる陽気な生命力は 慈悲深く笑いかけている 大きい両眼に見られる活気と共に、精力のクライマックスに相応しいものであって、この時代の尽きることのない想像力を見せている。

○ 彫刻が鋭く辛辣であって、技法としては木彫りに近い。嘗てあった彩色が これ程良く残っているのは稀なことで、素晴らしいことでもある。頭髪と髯とが濃い青色であることから <青髯の男>というニックネ−ムが付けられているが、その青色は 所々で濃い緑色に変色してしまっている。こちらを向いた顔の肌は黄色で その赤い両眼は 黒色で縁取られており、人間の皮膚は 黄から赤っぽい色調でぼかされていて、蛇になった下半身は 濃い赤である。破風の下には ア−ケイック期のサイマの大理石の断片があり、彫り込みと着色とで 美しく装飾されている。

○ 今では亡くなった 破風の中央部に何があったのかということについて、異なった意見が 2 つある。怯(おび)えた海の精ネレイスが 2 体あって、3 つの胴体を持った怪物に向かって走り、トリトンの敗北を告げていたとする説が その一つで、この場合には この怪物はネレイスたちの父親で、海中に棲み 自らの姿を変える力を持った ネレウスであるということになる。若しそうであるとすれば この破風全体は 全長凡そ 9.40 m.なければならないこととなり、B.C.525 年にペイシストラトスの一族の人々が建てた <ア−ケイオス・ネオス>と呼ばれる アテ−ナ女神の神殿の破風であったのかも知れないと考えられた。もう一つの説では 破風の中央には獅子が 2 頭いて、その襲った牡馬を貪り喰っているという構成の 動物の大きいグル−プ像(第 3 室 収蔵品 No.0003)であったとするものである。この場合には 左右の両破風のグル−プ像の間には 物語りの繋がりは何一つ無かったこととなり、更に破風全体の寸法も 長さ 16.16 m.高さ 1.70 m.と ずっと大きいものであったこととなり、この破風は 古代アテネの七賢人の一人であったソロンの年代の B.C.6 世紀の第 1 四半期に建てられた 第一番目のパルテノン神殿のものであったこととなる。

◎  No.0041 多色で彩色された蛇の頭部像

○ その生き生きした貌(さま)は 注目に値いする。この室にある収蔵品 No. 0035 の多孔性石灰石で出来た ア−ケイック期の破風の彫刻群の一部であったろう。

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