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アクロポリス美術館
 
 

◎  No.0857 牡牛を曳いている 3 人の若者の像

○ このフリ−ズの中で 最も美しい厚板の一つであって、若者が 3 人で、右手から左手に向かって 犠牲に供するために 2 頭の牡牛を曳いている。片方の牡牛の頭は 前の厚板にあり、もう一方の牛の後半身部は 次ぎの厚板に跨がっている。先頭にいる若者 2 人は 丈長のテユニックを着て 頭を下げ、幾分かは聖なる瞬間に相応しく この信用し切っている前の牡牛の後を追っており、その後方にいる第 3 の若者は テユニックを肩から脱ぎ、怒っている未訓練の後の牡牛を制御しようとしており、この牡牛は 自分の運命に気付いているかのように 抵抗している。厚板の右端では 牡牛の背中に、第 4 の若者の手が見えている。

○ 水平の線と幾つかの垂直の線(牡牛と若者)とが 交差していることによって、構成が極度に 単純化されている。牛の胴体の平面が、驚くべく柔らかいしなやかさで 若者たちの身体の間に 入り込んでいる。若者たちの控え目なポ−ズや 全身を包んでいる長いヒマテイオン、中央の若者の顎などに、祭典の性格が良く表わされているのが、窺われる。品のある気高さが 驚くべくはっきりと見られる。この厚板こそ 偉大なるフイデイアス自身の手になるものであることは、確かであると信じている人が多い。

◎  N0.0860 仔羊を曳いている 羊飼いの若者たち

○ 植民地住民であったのかも知れない 若者 3 人が、仔羊を犠牲に供すべく 曳いている。若者は テユニックを着ていて、その内の 2 人は、控え目な仕草で 手を羊の背に当てて見守り、お互いに顔を見合わせて 議論を続けており、第 3 の若者は これに対して後ろを振り向いている。素朴で あるがままの日常の田園生活で起こった 寸時の出来事を柔らかく描いた北面の厚板の 最大の部分である。

◎  No.0861 騎馬者のいる 厚板の一部分

○ 若者の脚が 気軽な姿勢をしており、馬の腹部に 静脈が走っているのが見られるのは、注目に値いする。

◎  No.0862 左方に向かって進む 4 人の騎乗者

○ 鞍を付けず 馬上で気楽な姿勢をして 力強く馬を駆けさせている 4 人の騎馬者の像を描いた 北面の厚板である。動作が神経質に いらいらしており、馬の両脚が 恰かも地上で歩いているように見えないことで、この駆け足の勢いが 力強く表現されており、これとは対照的に 騎馬者は 自分の馬に静かに跨がって 夢中になっており、自分たちの神聖な職務を果たすべく 先頭に立っている。中央の騎乗者は、後ろに向かって 頭を回している。未だ知られていなかったので、騎乗者の足には 鐙(あぶみ)がない。馬の足の構成が 良く出来ている。

◎  No.0863 左方に向かう 騎乗者たちの騎馬行進

○ 神殿の北側面にあった 殆どもとのまま 完全も同然の厚板である。リズミカルな音楽的感性で描かれているこの場面は 堂々としたものであり、このフリ−ズ全体の中でも 最も美しいものの一つである。中央では、2 頭の馬の間で 騎馬者たちの一人と背中合わせになって、徒歩の将軍がいて、右の方を向いて 単純な仕草で 行進の秩序を指揮しているのが見える。着ているテユニックがずり落ちて、上半身は裸になっている。次々に出て来ている騎乗者と 徒歩の人物との対照が、この浮き彫りの構成に 素晴らしい高揚を与えており、簡潔さにおいて 巧妙な構成となっている。若者の身体と馬の身体、人間の頭部と馬の頭部、若者の腕や馬の脚が、襞の付いたテユニックや 馬の鬣(たてがみ)や 跳び撥ねている尻尾と絡み合っていて、その着想も素晴らしく、その熟達でも インスピレイションでも 動きでも、この素晴らしい名作を構成している。

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