図版 010 ヘラ女神の頭部像 | next-図版 011 |
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○ 灰色の石灰石で出来ていて、像の高さは 52 cm( 21.15 inch)である。ドイツ人の発掘隊がオリムピアのヘラ女神の神殿の近くを発掘中に 1878 年に出土したものである。オリムピアの美術館に収蔵されている。
○ クロノスの丘 Cronos(訳注 01)の麓の辺り 聖なる木立ちの中にあったヘラ女神の古代の神殿 ヘライオン Heraion(訳注 02)に群立していた 途徹もなく大きい祭礼群像の中で、今日まで残存しているのは、等身大より可成り大きいこの頭部像だけである。A D 2 世紀のギリシャ人の著述家であったパウサニアス Pausanias(訳注 03)の著した旅行記の中に この群像についての記述が見られるが、像の作者の名前は 記(しる)されてはいない。ヘラ女神は王座に腰掛けており、その夫の神のゼウス神は 顎髯(あごひげ)を生やし 武装をして、その傍らに 女神と並んで立っていた。
○ この頭部像が伝えている印象は 神の持つ威厳である。長円形をした女神の顔は、幅広で 扁平である。中央で分けられた頭髪が 装飾状のカ-ルになって、額を縁取っているが、嘗ては 幅広の重厚な波状になって 両耳の後ろに垂れ下がり、その重みが耳朶(みみたぶ)に懸かって 耳朶を前方に押し出していた。額の周りをぐるっと巻いて 細いヘアバンドが締められ、頭の上に 木の葉の王冠を冠っている。頭部の両側を下方にカ-ブして 花を着けた小枝が 王冠から下がって来ており、ゼウス神の花嫁であり 妻であり、そして豊作と幸運の女神でもある このヘラ女神に相応しい象徴物が、この王冠なのである。ア-モンド形の両眼の上には 縁が鋭く切れ込んだ瞼と 溝を彫り込んで印を付けた眉とがあり、口は上唇が薄く、巻き毛は 幾何学的な規則正しさを見せていて、これらもののすべてが 妥協のない高慢さを表現するのに役立っている。両眼と両瞳(ひとみ)の丸い形が 鋭く彫り込まれていて、そのせいで一目見た時に受ける印象が ひどく強烈なのである。
○ この群像は、B.C.600 年頃に活躍したペロポネソス半島の出身の彫刻家が B.C. 580 年頃に作った作品であるように思われる。これ程古い時期の祭儀の像としては、この像と比較出来る位重要性の高いものは 他には現存していない。生硬で突き放した表現が 細かい部分に見られ、技巧的に見ても木彫りに近いことから見て、この群像を作った作者は スパルタ Sparta(訳注 04)の出身であったのかも知れないと見られる。この頭部像が出土した頃には、頭髪に 赤味がかった明かるい黄色のマ-クが、ヘアバンドには 暗い赤色のマ-クが 未だ残っていた。
○ この頭部像については、伏せたスフインクス像の一部が 僅かに残ったものではなかったかとする意見も、亦唱えられている。併しながら その表情から見ても、又像が出土した場所とか 像の大きさという点から見ても、この像が オリムピアにあったヘラ女神の神殿の中の 上述の祭礼群像の一部であったことを、明らかに示したものであると言える。