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(本文訳注 050) デルフイ Delphi (page 27 図 01 参照)
ギリシャ中部のパルナソス山 Parnassus 腹にあった ポキス Phocis の古代都市で、傾斜する岩場にある長方形の神域には 囲壁があり、ドリア式のアポロ神の神殿をはじめ劇場・多くの都市の神庫・奉献物・公堂・柱廊などが並び、神域外にはスタデイオン stadion がある。先史時代からの聖地で アポロ神が地神ガイア Gaia の子ピュトン Python を殺して 神託の神となったと伝えられ、この神託は B.C. 7 - 6 世紀には全ギリシャ世界に信じられて 政治的にも大きい影響を持ち、神域保護のための隣保同盟も作られていた。有名なピュテイア Pythia の競技も行われた。アポロ神の信仰の中心である許りではなく、デイオニソス神信仰の中心でもあった。ロ-マ時代になって キリスト教が国教となると、神託が禁じられて廃墟となった。

(本文訳注 051) アロイス・リ-グル Alois Riegl
1858 - 1905 年。リンツ Linz 生れのオ-ストリアの美術史家で、法律・哲学・歴史を学んだ後、美術史を専攻し ウイ-ン大学教授となり、ウイ-ン学派 Wiener Schuleの祖とされている。芸術様式の問題を独創的な芸術意思 Kunstwillen の概念で解明し、古典主義的美術史観を斥け 唯物論的見解を是正し 夫々の時代精神に特有な芸術表現の意図が その時代の様式を規定すると考えた。

(本文訳注 052) アポロ神 Apollo
ゼウス神とレト女神との子で アルテミス女神は双生の兄妹である。デロス島で生まれた。ギリシャ神話のオリムポス 12 神の一人であって、音楽・医術・弓術・予言・家畜の神で、光神の神として時に太陽と同一視される。あらゆる知性と文化の代表者で 律法・道徳・哲学の保護者でもある。元来非ギリシャ系の神で その起源について小アジアと北方遊牧民の二説があり、ギリシャ移入の経路は不明である。デルフイで大蛇を射殺して ピュテイア Pytia 祭競技を始め、テミス女神 Themis の神託を自らのものとした。その予言はデルフイの神託として尊ばれ、神官の巧みな操作で勢力が拡大されていった。美術では 美しい青年の姿で表現され、最もギリシャ的な晴朗な神で 恋の物語りが数多くあるが、他方では 怒れば恐ろしい神でもあった。エトルリア Etruriaを経由してイタリ-に、南部ギリシャ諸都市を通じてロ-マに入り、ロ-マではジュピタ- Jupiter と並んで神界の中心となった。

(本文訳注 053) ラオコ-ン Laocoon
トロイのテユムブレ Thymbre のアポロ神の神官である。アンテノ-ル Antenor 又はカピュス Kapys の子である。トロイ戦争ではギリシャ人が勇士達を内に隠しておいた木馬を トロイ市内に引き入れるのに反対したプリアモス王 Priamos の娘カサンドラ Kasandra の意見を支持した。海辺でポセイドン神に犠牲を捧げていると アポロ神に遣わされた二匹の大蛇がテネドス島 Tenedos の方角から海を泳いで来て、彼と二人の息子を締め殺した後、アテ-ナ神殿の中の女神の像の下でとぐろを巻いた。独身を続ける誓いを立てながら結婚して子供をもうけ、悪いことにアポロの神像の前で ラオコ-ンが妻と交わったため、神が怒ってこの蛇を送ったものとされる。この出来事でカサンドラの予言を信じなかったトロイ軍が 戦争に敗れることとなったとされている。その有名な像は、B.C.1 世紀にロドス島の彫刻家のアゲサンドロス Agesandorus、ポリュドロス Polydorus、アテノドロス Athenodorusの手に成るもので、古代の名作の一つとされる。

(本文訳注 054) クレタ・ミュケナイ文明時代 Creto - Mycenaean
オリエント文化を取り入れて クレタ島を中心にエ-ゲ海周辺に拡がり、強大な王権が東地中海貿易を支配して、精巧な細工の金銀容器、壮麗なクノッソス Knossos 宮殿、生気溢れる壁画などを生み出した前期エ-ゲ文明が その最盛期に到達した B.C.2000 -1500 年頃のクレタ文明時代と、そのクレタ文明を取り入れて 東地中海を支配したペロポネソス半島のミュケナイなどに遺跡を残す 後期エ-ゲ世界の文明の栄えた B.C.1600 - 1100 年頃のミュケナイ文明時代を併せて言う。

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