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 ギリシャ彫刻は その始まりにまで遡って行くと B.C. 2000 年代の終り頃まで到達するのであって、その頃にドリス人が移住して来た後、新しい祭儀所とか 祭壇とかをギリシャ人が創設したのであったが、その中には クレタ・ミュケナイ文明時代 Creto - Mycenaean(訳注 54)の古神殿の上に作ったものもあった。一番初期のギリシャの彫刻品は、ジオメトリック期の方式の原型となった壺とか 初期のジオメトリック方式の壺とかと時期的には符合していて、これらの聖所に捧げられた奉献品であるか 墳墓用品であるか、更には器(うつわ)とか 器具とかにくっ付いていた飾り物であり、それらは気取らない小さい像で 焼き粘土とか 銅とか ブロンズで出来たものであった。これらの像は、動物の形 特に牛とか馬の形をしており、初期のこの段階では人間の形を採ることは 極めて稀なことであった。テラコッタは手で作られていて、台型を使って作られることはなかったとされている。陶工轆轤(ろくろ)に載せて回されることは 稀にはあり、ギリシャ人はこの技術を もっと古代の人から知り覚えたのであった。陶器の分野ではこうした初期の年代に 成熟した素晴らしい成果が収められていたのに対して、彫刻の方は もっと幼稚な発展段階にずっと止まったままであった。小像には何一つとして 非常に優れているものを希(のぞ)み得べくもなかった。B.C.8 世紀になって 小像の全盛期を迎えるのであるが、その時に到るまでの進歩は比較的緩やかであり、その 8 世紀も後半になると このジオメトリック式のスタイルがもうだんだんとその活力を失い、消滅し始めているのである。一つの地域と他の地域との間に見られる程に大きい違いが見分けられることは、この時までの所では殆どない。年代のより古いクレタ・ミュケナイ文明時代の彫像と比較すると、このジオメトリック期の諸像に見られる典型的な新しい特徴は、その各部分が論理的に首尾一貫していることから湧き出て来る力強さと 簡潔さのセンスなのである。人々が自然から遠く離れて生活することが ジオメトリック期には無かったのは 確かなことである。抽象的なことのはっきりしているこれらの諸像は、自然から引っ込んでしまっているというよりは むしろ自然のモデルを圧縮して簡潔に表現しており、この初期の年代の作家たちは、モデルの構成要素の本質と特徴とに応じて 最も簡明な形態を採りながらも 限界のはっきりしている輪郭をくっ付けて、こうした自然のモデルを再生産したものなのである。

 B.C.8 世紀に入ると、色々な種類の動物の像とか 色々なタイプの人間や色々なポ-ズをした人間の像とかが、より夥(おびただ)しく現われるようになった。ただ一体だけの像のこともあるが、その他にも 一つ一つの像が次々に並んでいたり、お互いに向かい合ったりした形に配置して作られている群像も見受けられている。この頃になって 丸彫りの形をとったり浮き彫りになったりして、神話のテ-マが始めて彫刻の中に見られるようになっている。東方諸国から金属製の道具が齎らされ 東洋風のモチ-フが取り入れられたということは、非常に重要なこととなった。

 この本の最初の図版に示されているブロンズ製の馬の小像(図版 01)は、この類いの芸術作品の中で最も優れており 最も美しいものの一つであって、最早 B.C. 8 世紀の後半の作に属するものである。その脚はどれも長く 胴体は短躯で細く 首は幅が広くて扁平であり 鬣(たてがみ)は撫で上げた形をしていて、厳密なジオメトリック期のものの持つ形態に見られる誇張が 既に現われ始めている。併しながら ジオメトリック期のスタイルの中に起こっている進歩の内で一番頼もしいことは そうした抽象的な傾向を益々強めてゆくというのではなくて、それが だんだんと消滅してゆき 形を変えてより有機的で より生き生きとした形を採ってゆくことであった。アテネのアクロポリスの丘で出土した兵士の像(図版 02)は、B.C.8 世紀から 7 世紀への移り目の時に作られたものであるが、これより前のジオメトリック期の像と比較すると、身体の各部が一段とより単一の流れとなって 互いに溶け込み合っているのである。丸味を帯び 生気が一段と力強く内から迸(ほとばし)り出ており、輪郭にはそのシンプルな堅さが失われて、比較的柔軟で 何か他と違った特徴をより多く持ったものになっている。全体として捉らえるならば、この像は 一段と心変わりし易い印象を創り出しており、周りの空間との関連では その孤立が見られていないのである。

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